Twitterでの『サイメシスの迷宮 逃亡の代償』発売記念のタグ企画(
)、たくさんのご参加ありがとうございます!
いろんなご感想や応援メッセージ等、有り難く拝見させていただきました。
まだしばらくは受けつけていますので、今からでもご参加いただけます。

※ハッシュタグ(#サイメシスの迷宮)つきで感想等をツイートすると、番外編SSが読めるというものです。
※返信ではなく、ツイートする形でご参加ください。
※鍵アカは確認できないので、ご参加いただけません。
※半年ほどすれば、全公開いたします。

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<追記> 2019/2/14

★全公開しました。以下、プライベッターより転載。

https://privatter.net/p/3544293




『サイメシスの迷宮 逃亡の代償』(講談社タイガ) 発売記念のタグ企画として書いた番外編SSです。 ご参加くださった皆さま、ありがとうございます。 ※お遊び的番外編なので、時間軸的な部分は本編と切り離して読んでやってください。
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『面倒臭い男』
 桜田門駅に着いて地上に出ると、すっかり日が暮れて辺りは暗くなっていた。 「さむ……っ」  吹きつけてくる風の強さに、神尾は思わず声を漏らした。ダウンジャケットを着ていても、露出した顔や首が寒さで痛くなる。  今日はバレンタインデーだというのに、天気予報ではこの冬一番の寒波が到来すると言っていた。デートを楽しむカップルには迷惑な話だろう。ちなみに神尾は仕事が終わったらまっすぐ家に帰るだけで、デートの予定などない。  つき合っている彼女にそれとなくLINEで今日の予定を尋ねてみたが、「ごめん。仙台出張で東京にはいない」と素っ気ない返事が帰ってきた。  もしかしたら自分が気づかないうちにふたりの恋人関係は終わっていて、今は友達同士なのかもしれないと思ってしまうほど淡泊な関係だ。 「本当に寒いですね」  首をすくませながら神尾が言うと、羽吹が隣で「五度目」と言い返した。 「何がですか?」 「今日、お前が寒いと言った回数だ。馬鹿のひとつ覚えみたいに寒い寒いと繰り返すな。言えば寒くなくなるとでも思っているのか?」  やけに機嫌が悪い。何か失敗でもしただろうかと今日一日の行動を振り返っていて、あることに気づいた。  いつも羽吹が口にしているイチゴミルクの飴が、昼頃に切れてなくなった。捜査支援で赴いていた所轄署での仕事はひどく忙しかったから、羽吹はおそらく午後から甘い物は何も口にしていない。糖分切れで苛ついているのかもしれない。 「寒いって言うくらい、いいじゃないですか。人っていうのは暑さ寒さを共感しあって、気を紛らわせる生き物なんですよ」 「俺の気はまったく紛れない。むしろ寒いと言われたら、もっと寒く感じるから迷惑だ」  羽吹はいつものマウンテンパーカを着ている。中はセーター一枚だ。冬になっても薄着だから寒さを感じない体質なのかと思っていたが、やはり人並みに寒いらしい。だったらもっと着込むとかマフラーを巻くとか防寒対策をすればいいのに、自分自身に対して無頓着すぎる。 「寒いならヒートテックでも着てみたらどうですか?」 「それはなんだ」 「え? 知らないんですか? ユニ○ロのインナーですよ。すごく暖かいんです。ハイネックとかいいですよ。首まであったかで超オススメです」 「服の話はしていない」 「いや、でもそれはなんだって聞いたじゃないですか。だから説明したんですけど」  羽吹は冷ややかな目つきで「俺は聞いてない」と言い放った。 「防寒対策をお前に教えてもらいたいとは思ってない。俺は言っても仕方がない無駄口は叩くなと言ってるだけだ」 「でも問題は俺の無駄口にあるんじゃなくて、俺の寒いって言葉で羽吹さんがより寒く感じることにあるんですよね? だったら、しっかり防寒すればいいって話になりませんか?」 「お前が黙ればいいという選択を、俺は死んでも捨てない」  なんの意地なんだか……。何を言っても怒られるのでは会話にならない。  まあそれでも無視されまくっていた最初の頃に比べれば、返事が返ってくるだけましだ。神尾はそう前向きに考えて、足早に庁舎へと入っていく羽吹を追いかけた。 「……これ、なんですか?」  神尾が指さして尋ねると、事務職員の田丸雪絵が「チョコレートです」と答えた。 「全部?」 「はい。全部、羽吹さんへのバレンタインチョコです」  羽吹の片付いていない机の上には、きれいにラッピングされた包みが所狭しと置かれてあった。ざっと二十個くらいはあるだろうか。 「手渡しだと断られるからって、みんな私に預けてくるんですよね」 「あらー。羽吹ったらすごいじゃない」  書類を抱えた美園伊智子が現れた。 「可愛い顔してると得だねぇ。ホワイトデーにちゃんとお返ししなよ?」 「しません。誰が持ってきたのかもわからないのに無理です」 「中にカードが入ってるのもあるでしょ」 「入っていてもしません」  伊智子はお手上げだというように頭を振った。  難しい問題なので口は挟めなかった。数も多いし、中には羽吹の知らない相手もいるだろう。  神尾個人としてはお返しをしたほうがいいと思うが、そこまで羽吹に強要はできない。ファンからプレゼントをもらったアイドルにお返しをしろ、と言えないのと似た心境だった。  甘い物が欲しくなったのか、羽吹はさっそく包みを開いてハート型のチョコを口に放り込んだ。 「羽吹さんだけいっぱいもらえていいですよね」  正木はチョコを食べる羽吹に羨ましそうな視線を向けている。 「田丸さん、義理チョコとかくれないんですか?」 「すみません。私、そういうのしない主義なんです。渡すのは本命だけって決めていて」  雪絵がにっこり笑って答えると、正木は「残念……」と肩を落とした。 「チョコが欲しけりゃ自分で買いな」  伊智子に背中をバシッと叩かれた正木は、顔をゆがめて「ですよねぇ」と頷いた。  一時間ほど書類仕事をして神尾が帰り支度をしていると、ちょうど羽吹も仕事を切り上げたところだった。羽吹とは途中まで同じ方向なので、一緒に帰りましょうと声をかけた。  廊下に出てから「チョコ、たくさんもらえていいですね」とひやかすと、「お前は彼女がいるんだろう」と返された。 「仙台に出張中らしくてチョコはもらえませんでした。光莉にはいらないって言ってるし、今年は義理チョコもなしの寂しいバレンタインです」  神尾がエレベーターのボタンを押しながら苦笑すると、羽吹はおもむろに紙袋に手を入れ、赤いリボン付きの包みを取り出した。 「やる」 「え? いや、そ、そんなのもらえませんよっ」  驚いて手を振ったが、羽吹は包みを押しつけてくる。 「俺がもらったものだ。遠慮するな」 「遠慮じゃなく駄目です。相手の気持ちを考えてください」 「相手の気持ちも何も、俺はこのチョコをくれた相手が誰かも知らないんだ」 「で、ですけど、もらえませんよ。相手に失礼ですって」  神尾が包みを押し返すと、羽吹は「相手は俺を本気で好きだと思うのか?」と険しい表情で問いかけてきた。 「本当に好きなら人に頼んで渡したりしないだろう」 「決めつけはよくないです。直接渡す勇気がない人もいます。人の気持ちを勝手に──」  羽吹が不意に拳を振り上げ、エレベーターの扉を叩いた。ドンッと大きな音が響いた直後、扉が開いた。 「そこを動くな」  低い声で指示されて、反射的に身体が固まった。羽吹はひとりで箱の中に乗り込んだ。神尾の見ている前で扉が閉まる。降下していくエレベーター表示を見て、我に返った。  ええええっ? 俺、置き去りにされた!?  慌ててボタンを押すと、別のエレベーターがすぐにやってきた。一階に着くと羽吹の後ろ姿が見えたので、走って追いかけた。 「羽吹さん、ひどいですよっ」  息を切らして隣に並んだが、羽吹は何も言ってくれない。庁舎を出たあとも無言だった。しかも桜田門駅の入り口を通り過ぎ、内堀通りを歩いていく。この寒いのに有楽町まで歩くつもりらしい。 「さっきはすみません。親切でチョコをくれるって言ってくれたのに。……でもやっぱりもらえません。それは全部、羽吹さんへの好意ですから」  神尾のほうをちらりとも見ずに、羽吹は白い息を吐きながら黙々と歩いている。 「ですけど、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」 「……お前はいつも面倒臭い」  やっと口を開いたが、出てきたのは神尾への不満だった。 「はあ。すみません。いつも面倒臭い男で」 「でも、きっと間違ってない」  え、と顔を上げて顔を見たら目が合った。不服そうな目つきだった。 「間違ってないから、余計むかつく」 「それは八つ当たりというものでは……」  羽吹はむっつりしたまま歩いていたが、「ちょっと待ってろ」と言い捨てコンビニの中に入っていった。すぐ出てきたその手には、小さなレジ袋が握られていた。 「これならいいだろ。やる」  受け取って中を見ると、板チョコが一枚入っていた。 「あの、羽吹さん。お気持ちはすごく嬉しいんですが、さすがにバレンタインデーに、男からチョコをもらうのは……」 「チョコが欲しかったんだろう」 「そうですけど、羽吹さんからもらいたかったわけでは……」 「やっぱり面倒臭い。お前、今日が誕生日だろう。だったらこれは誕生日プレゼントだ。それなら受け取れるだろう。ああ、どうなんだっ?」  やけくそのような言い方だった。 「俺の誕生日、覚えていてくれたんですか?」 「気持ち悪いいい方をするな。データとして頭の中に入ってるだけだ」  そうだった。羽吹の頭の中にはすべて記憶されているから、誕生日を覚えていることも好意や関心とは関係のない話だ。  それでもやはり誕生日を知ってくれているというのは、なんとなく嬉しいことだった。 「じゃあ、いただきます。今日は俺の誕生日ですからね。誕生日なら男からチョコをもらっても、別におかしくないですよね」 「なんだっていいだろう。本当に面倒臭い男だ」  羽吹はブツブツ言いながら再び歩きだした。できればもう少しちゃんとしたパッケージのチョコがよかったが、ここで文句をつけたら羽吹に蹴られそうなので我慢した。 「誕生日がバレンタインデーっていうのは、結構きついんですよ」 「もてないからか」  グサ。……歯に衣着せないにもほどがある。 「もてる羽吹さんにはわからない切なさです」 「俺はもてない。顔が好きで寄ってくる女は多いが、喋ったら蜘蛛の子を散らすように去っていくからな」  なんだか急に嬉しくなってきた。 「ってことは、女性とおつき合いしたことはないんですか?」 「ないことはない」 「ってことはあるんですよね。だったらどうして素直にあるって言わないんですか? 何かわけありですか?」  羽吹は急に不機嫌になり、「プライベートなことは詮索するな」と言い出した。いやいや、今の今までプライベートな話をしてたじゃないですか、と突っ込みたくなった。 「いいじゃないですか。教えてくださいよ」 「お前に説明する義務はないから黙秘する」  それきり羽吹は何を聞いても返事をせず、神尾が月島で電車を降りるまで無言を貫いた。走り去っていく電車を見送りながら、神尾はホームで溜め息をついた。  羽吹にはよく面倒臭いと言われるが、そういう羽吹だって相当、面倒臭い男だ。  だけど、それでいいのかもな、と神尾は思った。  お互いが相手を面倒臭いと思っているのなら、それはそれでバランスが取れていて、案外ちょうどいいのかもしれない。

END



★『サイメシスの迷宮』三冊目、お待たせして申し訳ありません。
脱稿していますので、春頃には発売できるのではないかな、と思っております。
詳細が決まりましたら、またお知らせいたします。